カテゴリー「山陰」の8件の記事

2006年2月 5日 (日)

備後庄原の乳団子

今回は、山陰旅行の収穫物です(笑)。

備後庄原の乳団子。乳団子との始めての出会いはもう10年前になります(笑)。当時、備後庄原に宿泊する機会があって、そのときに、たしかガイドブックに唯一の銘菓として乗っていて、乗り換えの時間がなくて駅前のお店に走って買ってきた記憶があります(苦笑)。

今回は、広島の駅の構内のお土産やさんが集まっているところにありました(笑)。最近はこういうお土産もホント買いやすくなってきましたよね。

作っているお店は、和泉光和堂ところで、すみません、あまり知識はありません(涙)。お店のホームページも見つけられませんでした・・・。あまり力は入れてないのかな。

chichi 味は、前に買ったときはすごい感動したんですが、今回は味を少し覚えていたせいか、まあ、普通です(笑)。ホントに名前の通りなんですが、団子なんですが、牛乳が入っているので、すごいマイルドな感じです。甘さもちょうどいい感じ。15個で630円。点数は3.5点で!(2005.11)

2006年1月22日 (日)

山陰本線の末路^^;

『末路』と書きましたが、悪い意味ではありません(笑)。山陰本線は、京都が起点で終点が山口県の下関のひとつ手前の幡生(はたぶ)までで、今日乗る区間は文字通り、山陰本線の末路なのです。

今日で今回の旅ももう4日目。このあたりから、疲れてくることを見越して、スケジュールはだんだん緩やかにして見ました。そういうわけで、今朝は宿泊したホテルで朝食付き。あまり覚えていないのですが(苦笑)、近海ものもあったバイキングでよかったですね。

ホテルは萩の中心から少し外れた越ヶ浜という駅が最寄り駅で739発に乗る予定にしています。朝食前にチェックアウトをしようとすると、フロントでは『7時前には現金は取扱わないことになっています。』とつれない返事。そんなわけで、朝から少し慌ててしまいましたが、無事に越ヶ浜に到着。

地元では当然見知らぬヒトのはずなのですが、小学生から『おはようございます』と挨拶されてしまいます。想定外のことが起きるとアドリブに弱いですね(苦笑)。無人駅で列車を待っていると程なくやってきて、また今日も通学列車に乗り込みます。ただ、ほとんどは、東萩、萩、玉江と降りてしまい、再び長門市に到着(835)。

次に乗る列車は917発の小串行きで、結果的には問題なかったのですが、今日は集中保線日だったようで、その次の列車は1622発まで運休するとの由。ビックリ、そのあとホッです。そんな貴重な小串行きですが、1両編成で乗客は7人。このあたりが、『偉大なるローカル線』といわれる山陰本線でも一番の閑散区間でしょうか。

途中、特牛という駅がありますが、『こっとい』と読みます。ずっと気になってたんですが、来てみると何の変哲もない駅ですね。まぁ、そんなもんですよね(笑)。小串に着く直前あたりsanin の日本海が何とか撮れました。このあたりはどこも景色がよいです。

小串からは下関行き。今度は2両。ここの乗り換えも跨線橋を渡らないといけません。ここからは、下関に向けて乗客は増えていきます。海の景色も大型タンカーなどが見えて、今までの日本海の景色から関門海峡に近づいてきたことをうかがわせます。幡生に1103着。下関までいけなかったのが今になると残念です。駅舎が焼失してしまったのが残念でなりません・・・。(2005.11)

2006年1月19日 (木)

厚狭・美祢・仙崎

新山口からは山陽沿いに厚狭(あさ)まで行って、そこから美祢(みね)線に乗って長門市に出て、萩に投宿する予定です。

ここの乗継がどうしてもうまくいかず、出かける前にすごい悩んだんですが、『周遊きっぷ』ならではの贅沢な方法として、気がついたのが、新山口から厚狭まで新幹線に乗ること。これなら新山口を1357に出て、わずか11分後の1408に厚狭に到着してしまいます。美祢線の列車は1431発。遅い昼食も取れそうではないですか(苦笑)。

そんなわけで、新山口では急いで、新幹線ホームへ。『周遊きっぷ』は新幹線の自動改札は通れず、女性の駅員さんとあれやこれやと話して、何とか間に合いました。山陽新幹線(新大阪以西)は比較的乗客が少ないこともあると思うのですが、『のぞみ』以外は、2列と3列のシートではなく、2列×2のシートなのでゆったり。もったいないのですが、乗った途端にすぐ下車の準備です(涙)。われながら、忙しい旅行です(苦笑)。

厚狭。難読駅名としてはその筋(?)では有名な駅ですが、うーん、正直なんで新幹線の駅を作ったのかな、って思ってしまう駅です。落ち着いたいい駅なんですけどね。すぐ先には新下関の駅もあるし、美祢線に接続するという感じでもない気がしますが・・・(苦笑)。駅の構内にある食堂で昼食。玉子うどん、320円。

美祢線は残念なことにロングシート1両です。ロングシートだと反対側の乗客から見られているような気がして、旅行客でもおとなしくしてないといけない様な雰囲気です(笑)。美祢線はかつて、石灰石の輸送で栄えた路線で、今でも信号上の跡が残っていたり、レンガ造りの重厚なトンネルが残っていたり、風情が感じられる路線です。鉄道は、乗客の輸送よりも貨物輸送を重きにおいていた時代に作られた路線が多いので、歴史を紐解くといろいろとおもしろいと思います。

美祢に着く前に南大嶺(みなみおおみね)。同じ『みね』という音ですが感じが違うのがおもしろいですね。ここはかつて大嶺というところまで支線があったのですが、平成9年に廃止。その面影はあまり残っておらず、美祢も過去を知らないとそのまま過ぎてしまいそうな印象でした。美祢を過ぎると長門湯本。湯本温泉の下車駅です。あまり知識はなかったのですが、けっこー規模が大きい温泉のようです。やや古く昭和の雰囲気ですが、年配の観光客が何組か降りました。長門市には1532に到着。

ここからは山陰本線を逆に進んで萩に行けばいいのですが、この列車は、仙崎というところまで行きます。仙崎というのは、長門市から日本海に向かって一駅だけ走っている山陰本線の支線で、運転形態からすれば美祢線に含めてもいいと思うのですが、それはともかく、1日6往復しか走っていない線区で、ここはうまく日程に組めて、1542仙崎着、1601発、senzaki 1605長門市に再度到着。ホントに乗ってきただけでした(苦笑)。

萩に戻る列車まで1時間ほどあるので、長門市の駅前を夕食の調達もかねてふらふらしていると、また小雨が。よく雨に降られてます(涙)。鉄道がクロスする要衝の駅なのに駅前はあまり栄えておらず、ようやくスーパーを見つけ、適当に夕食になるものを買って、萩へ。萩の泊まったところは旅館とホテルの中間のようなところで、思ったよりいいところでした。街中からは少し外れているので、サッカーの中継を見た後、就寝です。(2005.11)

2006年1月17日 (火)

SLやまぐち号と『口山』

益田から山口線に乗り換えます。長かった片道切符はここで終了となり、ここからは『周遊きっぷ』のエリア内になります。したがって、特急列車に乗れれば、自由席は無料で乗ることができるのですが、ちょうどよい接続列車がなく、普通列車を乗り継いで、新山口まで約2時間半(約94km)かけていくことになりました(ちなみに、特急の場合は約1時間半)。普通列車の旅も地元の乗客の話し声とか、小さな駅での出来事とかに出くわして楽しいんですけどね(笑)。でも、特急に乗れるんだったら、乗ってしまいたいのも心情で(苦笑)。

益田からはキハ40というディーゼルカー1両で、萩と津和野をつないでる路線ですが、遠回りになりますし、鉄道を利用した観光客はあまりいないんでしょうね。益田から津和野のあたりが一番閑散としていました。益田を1114に出発。このあたりは昔の『石見の国』にあたると思うんですが、石州瓦が有名らしいですよね。赤茶色の屋根のウチが多いです。

約30分ほどで、津和野に着くと、ターンテーブルが・・・!ターンテーブルは見たことある方もいると思いますが、蒸気機関車を反対向きにさせる機械(?)です。蒸気機関車は片方にしか運転席がないので、これがないと折り返しができません。山口線は、昭和54年からSL(蒸気機関車)の復活運転をしている路線で、津和野の駅名票も『野和津』になってたりします。・・・それで、時刻表で調べてみたんですが、この列車とすれ違う・・・とよく見ると今日は運休日でした(苦笑)。こういう列車が走っているのはありがたいことですが、沿線の方はどうなんでしょうね。石炭の灰とかは降ってこないのかな。

津和野から山口にかけては、落ち着いた盆地を見下ろすいい景色です。たしかに、ここをSLが走れば絵になるでしょうね。家も石垣があったり、倉のあるウチが多かったり、昔から栄えてたのがしのばれますね。山口駅で13分停車するので、駅名票を撮影しに行ったら、yamaguchisen 席がなくなり、新山口までは立ちんぼになりました。

ここからは、かなりの乗客率です。新山口までは約20分で1351着。山口市は山陽道からはやや離れて不便な印象を受けますが、ちょっとビックリというかショックだったのが、新山口の駅名改称。ここって平成15年まで『小郡』(おごおり)だったんですよ。小郡町が山口市に合併したからかもしれないですが、ちょっと残念。でも、小郡市っていうのが福岡県にもあるんですよね(笑)。地名の話を書き始めると長くなってしまいそうなのでこの辺で。駅名票は逆向きの『郡小』が残ってました。(2005.11)

2006年1月14日 (土)

満月と川霧と三江線と

今朝も早起きです。三次は内陸なので寒いです。まだ11月だというのに気温は2度。もう少し厚着をしてくればよかったと後悔・・・(苦笑)。昨夜と同じように人気のない国道をトボトボ歩いて三次駅に戻ります。

今日は、三次610発の浜原行きからスタートです。乗るのは三江線。三次と日本海側の江津(ごうつ)を結ぶ陰陽連絡線のひとつですが、今では直通列車は下り2本、上り1本という状態(苦笑)。乗り換えの列車を考えてもこの列車に乗らないとほとんど適当な列車がないのです・・・。中国地方で一番の難関路線。走行距離も108.1kmとかなりあって、この時点で未乗路線の第1位です(笑)。

三次の駅には6時前に着いたのですが、まったく人気がなく、あれー駅員さんもいないぞ・・・という感じで、切符を出したもののそのまま改札を通ると、駅の構内もまだ真っ暗です(涙)。三江線は0番線とのことですが、0番線はどこだ(ーー;)?という状態(苦笑)。足元も覚束ないような明るさの中を転ばないように気をつけて歩くとようやく見えてきました。うれsankosen しいことに、すでに列車(といっても1両)は入線していてくれました。月はちょうど満月で、非常に構図が嬉しくって思わずシャッターを切ってしまいました。

列車に近づくと、まだドアは閉まっていて、運転手さんをおどかさないように、コンコンとドアをたたいて、ゼスチャーで中に入れてもらいらいませんか、と伝えると、了解してくれたようで中に招きいられてようやく、カラダが温まってきました。だれも乗ってこないのが当然のように610に出発の合図なく出発(笑)。

しばらくは、江の川沿いに満月を眺めながら進みます。川に満月が写って非常に綺麗です。そういえば、三次は鵜飼が有名ですよね。それと、三次といえば川霧。今日は川霧は出ないのかなと思ってたら、陽が昇ってくるあたりで真っ白に・・・(笑)。口羽で12分停車、上り列車の1番列車とすれ違います。あちらは乗客は3人。こっちは口羽からようやく4人になりました。この列車の終点の浜原には745に到着。

浜原では乗客はあまり下車せず、ほとんどが接続する802発の江津行きに乗り込みます。次の粕淵、そのあと石見川本で乗降があり、ここで運転手も交代します。江津には940に到着。地図を見るとかなり蛇行していますね。これで島根県に突入です。江津からは山陰本線の浜田行きに乗ろうと思ってたんですが、この列車がこのまま浜田行きになるとのこと。時刻表には直通列車としては記載してませんが、よく追っていくと、浜田からまた江津に折り返して、浜原に戻るようなダイヤになっているようです。直通の表示がないのは不親切なようですけど、通して乗るヒトは少ないでしょうし、そういうヒトは時刻表など見ないんでしょうね。

ここからは山口線に乗るべく、益田に向かうのですが、浜田からは特急列車に乗らざるを得ません。運転本数の少ないところに来ると、特急料金を払いたいかどうかで列車は選べず、次の列車がたまたま特急だったら料金を払うというような感じです(苦笑)。実際乗ってみると、車掌さんも申し訳なさそうに、特急券を販売に来ます。730円。特急は快適で、約40弱ノンストップで、1057に益田に到着です。(2005.11)

2006年1月 7日 (土)

陰陽連絡線栄枯盛衰

毎回、タイトルは頭を悩ませているのですが、今回は全部漢字で合計9字!(苦笑)。これだけ漢字が並ぶとわれながら迫力がありますね(笑)。

陰陽連絡線というのは鉄道の用語ですかね。山陽と山陰を結ぶ鉄道路線をさす言葉という理解でいいのではないかと思います。山陽地方は新幹線が開通して便利になったのに対して、山陰地方は沿線の人口が少ないのもあるかと思いますが、鉄道の近代化は遅れてるといわざるを得ず、『本線』である山陰本線も『偉大なるローカル線』と言われているくらいですし・・・。また、山陽と山陰は地図を見ていただくと分かりやすいと思うのですが、幅があまりないんですよね。中国山地もそれほど地勢が険しくないので、それでたくさんの山陽と山陰を結ぶ鉄道路線が敷かれたようです。

それで、話は少しそれてしまいますが、山陽新幹線が昭和47年に岡山まで開通して、東京・大阪から山陰(米子・松江)に行くには、伯備線経由が一番便利になりました。伯備線は昭和57年に電化され、今では特急が11往復もする線区になりました。今回乗った路線はこれと対照的な路線といえるかもしれませんが、因美線と津山線です。因美線は鳥取から津山(正確には東津山)を結ぶ路線、津山線は津山から岡山に向かう路線で、ふたつあわせて岡山から鳥取に向かう陰陽連絡線のひとつとして機能していた路線といえると思います。一時はグリーン車付きの急行も走っていましたが、平成9年の智頭急行の開通で、閑散とした線区になってしまいました。

前置きが長くなってしまいました(苦笑)。そんなわけで、郡家駅を752に出発、智頭に819に着きます。ここまでは高校生がたくさん乗っていましたが、次に乗る津山行きは、ワンマンinbisen で乗客はガラガラ・・・。まぁ、津山に着くのが930なので学生は乗れないでしょうし、ちょっとダイヤがミスマッチなのかな・・・。直通する列車は6往復しか走ってないんですけどね。早起きしたせいか、このあたりは睡魔との闘いで、5人で授業を受けている学校が記憶に残っています。あとは、事故の影響かもしれませんが、非常に徐行区間が多かったですね。以前に急行が走っていたことはあまり想像できませんでした・・・。

津山に来たのはほぼ8年ぶりですが、今回は時間もないので素通りです(笑)。津山からは快速列車で岡山まで約1時間。2両ですが乗車率は思ったよりいいです。津山線のほうは岡山への通勤や買い物需要があるのでしょうかね。途中、また雨が降り出し、亀甲(かめのこう)という駅では駅舎にデッカイ亀がモチーフとして飾られていてビックリ。岡山には1056に到着です。

今日はこのあと、山陽線に乗って福山まで出て、福塩線に乗って一気に三次(みよし)まで行く予定。ところが、どう考えても接続がうまくいかず、3時間ほど時間をつぶすことに・・・。はじめは岡山で昼食がてらと思っていましたが、久々に倉敷に行ってみることにしました。(2005.11)

2006年1月 4日 (水)

地名の読み方ってむつかしい

今回は、若桜(わかさ)鉄道です。若桜鉄道は鳥取県の郡家(こおげ)という駅から若桜駅までの19.2kmの第3セクターで、昭和62年にJR西日本から移行しています。列車は1日11往復。そのうち7往復は鳥取駅からの発着となっています。

・・・で、いつも読みづらそうな地名は仮名をふっているのですが、若桜鉄道は申し訳ないことに実際に行ってみるまで読み方間違えてました・・・(すみません。涙)。ずっと『わかざくら』だと思ってました。でも、思うんですが、もともと地名を考えたヒトは『わかざくら』としたのでは??よく調べてはいないんですが、『わかざくら』→『わかざく』→『わかさ』ではないかと(笑)。京都の地名の烏丸もずっと『からすまる』と読んでましたが(苦笑)、これも『からすま』になったのは、この方が話しやすいからだと思うんですよね。現代の略語にも通ずるものがあるのかなとか思ってしまいました(笑)。

さてさて、今回の日程はスケジュールがきつきつで二日目の今日が一番の早起きとなります。鳥取542発。仕事じゃ起きれない時間(笑)。でも、旅先だと無事に起床!ホテルから出るときはまだ真っ暗で、フロントも仮眠してたらしく、ちょっと申し訳ない気持ちでチェックアウトして、小雨降る中、鳥取駅へ。・・・寒いっす。

鳥取駅は高架なのですが、ホームはふきっさらしで寒いです。ようやく、2両編成のディーゼルカーに乗り込むと、定刻に出発。ほとんど乗客はいないようです。ここから郡家まではJR因美線で、通常であれば乗務員が交代するはずなんですが、そのままでしたね。若桜に着いたのは626。ようやく夜が明けてきました。

折り返しの列車は高校生がかなり乗ります。高校生を迎えに行くような列車ですね。ボックスシートはほとんど埋まります。折り返しの列車は山陰本線の宝木というところまで行きますが、自分は二回目の郡家駅で下車。次に乗る智頭(ちず)行きは752発で50分くらい時間があります。小さな郡家駅の待合室で待っていると、724発の京都行きの特急の切符を求めるヒトが思ったより多く、ちょっと意外でした。智頭急行が開通して便利になったのかもしれないですね。京都まではこの特急だと約3時間です。

wakasa この特急を見送って、752発の智頭行きに乗ろうとホームに向かうと、若桜鉄道の郡家止まりの列車が744に到着。749には鳥取行きも到着。単線という事情もありますが、小さな駅に列車が3本も並んで、乗り換えでヒトがごった返しました(笑)。写真のような状態です!ちょっとビックリしながら、智頭に向かいます。(2005.11)

2005年12月20日 (火)

薄小倉(松江)

今回は、薄小倉という松江のお菓子の紹介です!薄小倉は以前、山陰に旅行に行ったときに買ったことがあるんですが、この間、東京で見つけてしまいました!

昔は、各地の銘菓って百貨店の物産展などで見つけてビックリしたりしていましたが、最近は、銀座や新宿などに行くと各都道府県などのアンテナショップがあって、そこに有名どころはかなり揃っているので、非常にありがたいことですね。反面、希少性は失われていくような要素もあってむつかしいところだとは思いますが、個人的には単純に食べたくなったりしたときに入手しやすくなったのはうれしいです(笑)。しかもバラで買えたりしちゃいます(笑)。

usuogura さて、薄小倉ですが、桂月堂というところで作っていまして、アズキ(大納言)を蜜と水飴で固めているお菓子です。周りがシャリっとしている感じが非常においしいです。佐賀の小城羊羹にちょこっと似ていますかね。

個人的にこういうお菓子が大好きなので、私情も入っていますが、得点は4.5点で!(笑)(2005.11)